大舜、漢文帝、孟宗ときて、今日は郭巨。文句なく先頭集団っていう顔ぶれですね。郭巨の道具、この絵では鍬ではなくて鋤ですね。子どももシンバルみたいなのを叩いて命拾いを喜んでいるようです。
早稲田大学図書館古典籍総合データベースより
郭巨
後漢の郭巨 あざなは文挙といへり 河内といふところの人なり
家まづしくて 母をやしなへり
一子ありときに 二才なり 母つねにその孫を愛していつくしみ
わが食をわけあたへける
郭巨つまにむかひいふやう つねに母の食を満るほどすすむること
あたはず しかるに その内をわけて孫にあたへ給ふをみれば
食とぼしくてしのびがたし
しょせん夫婦の中の子は又まうくることもあるべし
明日もはかりかたき母はふたたび得がたし
わが子を殺して母をやしなはんといひければ
つまも此ことに同心してあなをほり子をうづめんと
夫婦なくなく三尺ばかり地を穿しに
黄金一釜をほり出しけり
そのこがねに文字あり
天賜孝子郭巨 官不得奪 人不得取 とあり
つかさ人もとるべからず 庶人もとるべからずといへる
自然のたまものなれば郭巨は子をうづめずして
是より心のままに母をやしなひ
孝行をつくせしとぞ
子には愛におぼれやすきものなるに
子を捨てて母をやしなはんとおもふ
孝行のこころざし思ひやるべし
詩曰
郭巨思供給 埋子願母存
黄金天所賜 光彩照寒門
〇郭巨が事は孝子傳といふ書にものせたり
本文に黄金一釜を得たりとありて金の両数なり
左伝といへる書に一釜といへるは
五舛を豆と云 五豆を區といひ五區を釜といふと見へたり
今の量目にては六斗四舛なり
しかるをふるくよりかまをほり出したるといふは
はじめゑがきしもの心をもちひずして金(きん)を
かまにゑがきしゆゑ 世にあやまりをつたへて
わらひをのこせしものなり
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挿絵下段の小ネタ。「釜」というのは厨房道具の釜じゃなくて容量の単位なんだよね、最初にイラスト描いた人が間違えたのさ~、ということですね。
たしかに「中国の度量衡」で調べると戦国時代・ 齊の単位として「1鐘=10釜、1釜=4區、1區=4豆、1豆=4升」と出てきます。本文の換算率とはちょっと違いますが。
でも最初の人が間違えてくれたおかげで「郭巨といえば黄金の釜」というわかりやすい図式が定着したのでよかったんじゃないですかねー。
つまり郭巨の「黄金一釜」は「純金製の釜」ではなく・・・
黄金の入った鉄の釜でもなく・・・
黄金の詰まった純金製の釜でもなく・・・
こんな感じ???
・・・やっぱ釜がいいです・・・。