ゆ黔婁。
国立国会図書館デジタルコレクションより
ゆ黔婁
到縣未旬日 椿庭構疾深
願将身代死 北望起憂心
庾黔婁は南斉の時の人なり。「せんりよう」といふ所の。官人になりて。すなはち「せんりやう県」へ至りけるが。いまだ十日にもならざるに。たちまちに。胸騒ぎしけるほどに。父の病み給ふかと思ひ。官を捨てて帰りければ。案のごとく。大きに病めり。黔婁。医師に。よしあしを問ひければ。医師。病者の。糞を甞めて見るに。甘く。苦からば。よかるべしと。語りければ。黔婁。やすき事とて。嘗めてみれば。味わひよからざりけるほどに。死せん事を悲しみ。北斗の星に祈りをかけて。身代はりに立たんことをいのりたるとなり
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病気の具合を聞いたゆ黔婁に対して医師の答えた言葉。「大便を嘗めてみて、もし甘かったら治らない。苦ければ治る」という部分です。
「甘く 苦からば よかるべし」・・・いろんな二十四孝の書籍の「ゆ黔婁」のテキストで意味不明でひっかかることが多い部分です。
下記の本は意味が通じます。
「味苦くば愈べく。甘きは愈べからず(絵本二十四孝・岡田玉山)」
「にがきはよし あまきはやまひいゆべからず(廿四孝・池田英泉)」
「苦からば癒ゆべし 甘からば 癒えがたし(修身二十四孝)」
「苦きは良く、甘きは病癒ゆべからず(唐土二十四孝)」
「御伽草子(下) 市古貞次校注・岩波文庫」の略注によると、二十四孝詩選の該当部分、「但嘗糞甜苦則爲佳」を和訳するときに、「甜苦」の部分を「甘く苦ければ」と誤読したらしいです。もともとは「甘いか、苦いか」という意味みたいです。
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