二十四孝に会いに行く!

中国の親孝行な人たち・二十四孝に関するものを紹介していきます。

漢文帝(かんのぶんてい)

府馬愛宕神社の彫刻・17 漢文帝

さて玉垣は一回りしたので、本殿の胴羽目板の彫刻を見てみましょう。これは漢文帝ですね。玉垣と比べると面積が広いので人物や背景の表現にも余裕があります。でもパッと見たとき一瞬「あれ?」と思いました。玉垣の彫刻が二十四孝メインだったので、羽目板…

千手院観音堂の彫刻・12 漢文帝

母親に薬やお茶を運ぶ漢文帝。母親は右手に扇を持っているようです。漢文帝の後ろで何か運んでいるのは童子ですね。運ぶ二人が「男性+童子」の組み合わせは「丁蘭」にはないような気がします。「丁蘭」は夫婦で運ぶか、もしくは丁蘭単独で運ぶか。夫婦で運…

雨引観音の彫刻・19 漢文帝

この漢文帝の彫刻は「丁蘭」と区別がつきにくい。横で母親を扇いでいる子供とかいてくれるとわかりやすいのだけど。でもこの帽子は皇帝特有の帽子(冠?)みたいです。 こちらは丁蘭の彫刻。母親の像が丁蘭よりもうんと小さいので人形とわかる。等身大の像だ…

八千代市 飯綱神社の彫刻・12 漢文帝

ゆったりと椅子に腰掛ける母親と、親孝行な息子。暮らし向きも豊かな感じ。

匝瑳市 飯高神社の彫刻・12 漢文帝

12.漢文帝 息子夫婦が親に食事を運ぶ、高齢化社会ではそれほど珍しくない(?)場面。えーっと、漢文帝の親孝行のポイントはどこだっけ?とふと考えてしまいました。 お母さんの薄(はく)太后。脇には二人の童子。長柄の団扇は「翳(さしは)」というようで…

女庭訓・2 漢文帝

漢文帝 親嘗湯薬「みづから湯薬を嘗(こころ)む」 漢文帝は漢の高祖の御子なり いとけなき御名は恒(こう)とぞ申侍りき 御母薄(はく)太后に孝行深くましまして 万の食事を参らせらるる時 みづからきこしめし 御試なされ上らるる也 誠に御兄弟も数多まし…

修身二十四孝・2 漢文帝

漢文帝 親嘗湯藥 「みづから湯薬を嘗(な)む」漢の高祖の中子にましまして 天子の位につきたまひ おんはは薄大夫人に孝行をつくしたまふ おんはは病にふしたまふときは 昼夜衣冠を解きたまはず 朝夕の食を始め 薬にいたるまで 自ら嘗めて 試みて おんははに…

漢土二十四孝伝・2 漢文帝(かんのぶんてい)

文帝は前漢四代目の帝にて高祖第二の太子なり。御母君を薄(はく)太后と申しけるが文帝これ孝を尽くしたまひ、日々三度の食も自らこころみてこれをすすめたまふことおこたりなし。母君三年が間病に悩みたまふ。その久しき間なりといへども文帝孝心篤くまし…