二十四孝に会いに行く!

中国の親孝行な人たち・二十四孝に関するものを紹介していきます。

書籍/修身二十四孝(1843)

修身二十四孝・24 黄庭堅

黄庭堅 滌親溺器 「みずから溺器(にょうき)を滌(あら)う」自ら山谷道人と この人文章をよくし詩に長じ 天下の文総たるによりて 官高く家富みけり しかるに親に孝心深くして 病を解かず 薬も舐めて試みてすすむ かつて召使ひも 多くありけれども 自らけが…

修身二十四孝・23 孟宗

孟宗 泣竹生笋 「竹に泣いて笋(たかんな)を生ず」呉の孟仁 もとの名を宗といひしに 孫皎(そんこう)に仕へて 司空となれり この人の母 極めて賢女なりしとなり しかるにあるとき 老病の熱に冒され しきりに たけのこを望みきこえける 孟宗もとより 孝心深…

修身二十四孝・22 丁蘭

丁蘭 刻木祀親 「木を刻み親(しん)祀る」若うして父母を失ひしぼうのあまり その木像を作り 日々怠らず仕へける ここにその隣の家なる 張淑といへるもの 常にこれを謗り 今日丁蘭が留守のひまに来たり 木像をののしり かつその杖をもって こうべを打ちぬ …

修身二十四孝・21 王ほう

王ほう 聞雷泣墓 「雷(らい)を聞きて 墓を泣く」王ほうは母に仕へて孝行なり 常にその心に背かず しかるにその母 雷を恐るること はなはだし されば 雷のもよふしあれば たとへ (えんほ) にありても かけつけて 母の心を慰めけるが 母死してのちも 雷の…

修身二十四孝・20 蔡順

蔡順 拾椹供親 「椹(桑の実)拾ふて 親(しん)を供(す)」後漢の人なり 此の頃王莽(おうもう)の乱によりて 飢饉なし 母を養ひ養ひがたければ 山に行きて 桑の実を拾ひけり その入れ物を二つに分けて 実の赤きと黒々きとを分けけるを 赤眉の賊といへる盗人…

修身二十四孝・19 老莱子

老莱子 戯綵娯親 「戯綵(ぎさい) 親(しん)をたのしましむ」若きときより 孝行を尽くしけるが その身すでに七十にあまりけれども 父母猶存命なりしかば 我が老するを 父母の前へ あらはしては その身の老を悲しみたまふらんと思ひ わざと子どものやうなる…

修身二十四孝・18 姜詩

姜詩 湧泉踊鯉 「泉湧きて鯉踊る」後漢の人なり 母に仕へて至孝なり その妻ホウ氏もまた姑に孝行を尽くしける しかるに母 井の水を嫌ひ 江の水を飲むことを好む この家 近くに清き江の水なきによりて 日々ホウ氏遠きより 水を汲み来たり 母にすすめける ある…

修身二十四孝・17 黄香

黄香 扇枕温衾 「枕を扇ぎ 衾(ふすま)をあたた(む)」後漢の黄香 字は文彊(ぶんこう) 経典道学をよくするをもって その名高し 九才のとき母を失ひ 父に仕えけるが もとより 家まづしく めしつかひ なければ みづから力をつくし 夏の暑きころは ゆふべに…

修身二十四孝・16 ゆ黔婁

ゆ黔婁 嘗糞憂心 「糞を嘗めて心(しん)を憂ふ」せん陵といふところの令となりてゆきけるが いくほどなく 胸騒ぎしきりにして 身より汗出でければ これ只ごとにあらず 故郷の父が身の上ならんかと 急ぎ帰りしに 果たして父 重き疫痢を患いけるが その早く来…

修身二十四孝・15 楊香

「虎をとらへ 父を救ふ」楊香は魯の国にて楊ホウの娘なり いとけなきときより 孝心深く 父に仕へて しばらくも離れず あるとき父とともに 山へ行きけるをり 大なる虎をどり出て 父を食らはんとす 楊香驚き 虎の首筋に取り付き 我を食らひて 父を助けよと嘆き…

修身二十四孝・14 郭巨

郭巨 為母埋子 「母のために 子を埋づむ」後漢の人なり 家貧(し)くして老母を養ふに その食の不足ならんことを悲しむ 老母は三才の孫をいつくしみて その食をわかちあたふゆへ 郭巨夫婦これをうれへ つひに相談して その子を埋づむときに 金一釜を得たり …

修身二十四孝・13 王祥

王祥 臥氷求鯉 「氷に臥して 鯉を求む」王祥は晋の世の人なり 継母に仕へて孝行なり あるとき 生魚を食らはんと 母の望みけるに 頃しも 寒気甚だしきときにて 江には 氷が 張りつめ 魚をとるべきてだてなしといへども かく孝心深き人なれば あかはだかとなり…

修身二十四孝・12 朱寿昌

朱寿昌 棄官尋母 「官を棄て 母尋ぬ」七歳のころ 父あらたに美女を求めて 寿昌の実の母を去りけり ここにおいて 悲しみ嘆くこと 限りなく もとより 孝心深きものなりければ 朝夕なに 事につけても 実の母を慕ふ心は 至て切なれども 色にも表さず 父と後の母…

修身二十四孝・11 呉猛

呉猛 恣蚊飽血 「蚊に ほしいままに 血を飽かしむ」呉猛はいづれのときの人といふを知らず 八才にして 孝行の名 世に聞こへたり その家はなはだ貧しくして 夏の夜 蚊帳のてあてなし 父母蚊に悩みたまはんことをおそれ あかはだかになりて 父母の かたはらに …

修身二十四孝・10 唐夫人

唐夫人 乳姑不怠 「姑(こ)に乳(にう)して怠らず」唐夫人は唐の博陵(はくれう)なる崔南(さいなん)といふ人の妻なり 姑の長孫夫人に仕へて 孝を尽くす かくて長孫夫人 年老いて はなはだ食事こころのままならざれば 朝夕乳をふくめて 養いけるに 無病…

修身二十四孝・9 陸績

陸績 懐橘遺母 「橘、懐にし母を遺(おく)る」三国の時の人なり 六才のとき袁術(えんじゅつ)かたへ行きけるに もてなしに たちばなをいだしたり 陸績ひそかに 三枚をふところにし 帰るとき 腰をかがめけるに 地に落ちたり 袁術はなはだ 尾籠のよし咎めけ…

修身二十四孝・8 江革

江革 行傭供母 「行傭(こうよう)して母を供す」後漢の人なり 世の乱にあひて 母を伴ひ 他国にゆきて 難を避け その身は 素足 赤裸にして 人に雇はれて 母を養ひける その後 世おさまりて 故郷へ帰るとき 母を車に乗せ 牛馬にては 驚きたまはんと 自ら引い…

修身二十四孝・7 ぜん子

鹿乳奉親 「鹿乳(ろくにゅう)親(しん)に奉る」ぜん子はその せいし(姓字?)と じたい(?)をつまびらかにせず 相伝へて 孝行の名を称せり 父母年寄りて 眼をわづらいければ医療をとひけるに 鹿の乳を 用ひざれば癒へがたし といふ しかれとも 殺した…

修身二十四孝・6 董永

董永 売身葬父 「身を売りて父を葬る」董永は後漢の人なり 早く母を失ひ 父に仕へて孝心なり 父死してをさむべきたよりなく 日頃雇はるる主人のもとにいたり 銭十貫文を借りて 長く その家の僕たらんと約し 銭を得て 父を をさむ かくてその家へ いたらんと…

修身二十四孝・5 仲由

仲由 為親負米 「親のために米を負ふ」 仲由は孔門十哲のうちなり 家貧しくして自ら米を持ち運び その賃を取りて二親を養ひ 父母歿してのち 国王に仕え 大功を奏して 富貴の身の上となりて 飲食衣服ひとつとして不足なく栄耀栄華の身となりしが 仲由はそれを…

修身二十四孝・4 閔損

閔損 単衣順母 「単衣(たんい) 母を順(じゅん)にす」 閔損 字は子騫(しけん) 孔子の弟子 十哲の一人にて孝行なる人なり いとけなくして 母におくれ 父のちぞひを娶りて 二人の児(こ)を産む 母その子を愛して 閔損を憎むといへども かつて恨みず 孝敬…

修身二十四孝・3 曽參

曽參 噛指痛心 「指噛めば心(むね)を痛む」曽子は孔子の弟子にして大孝行の人なり ゆへに孔子この人に孝経を授けたまふとぞ あるとき曽參 山へ薪を採りに行きたりしあとへ 母の親しき人来たりければ 母もてなしを せんと思へども 心に任せず 曽參は 早く帰…

修身二十四孝・2 漢文帝

漢文帝 親嘗湯藥 「みづから湯薬を嘗(な)む」漢の高祖の中子にましまして 天子の位につきたまひ おんはは薄大夫人に孝行をつくしたまふ おんはは病にふしたまふときは 昼夜衣冠を解きたまはず 朝夕の食を始め 薬にいたるまで 自ら嘗めて 試みて おんははに…

乱丁パズル

虞舜のページをめくったら、次の見開きは右ページに漢文帝、左ページに曽參。ページ数節約のために見開きはやめて1ページずつにしたのかな・・・と思ったら、6ページに渡っての乱丁でした。 この3組の見開きの構図は、どれも右側の人物が左側の人物を見下…

修身二十四孝・1 虞舜(大舜)

虞舜 孝感動天 「孝感、天を動かす」虞舜 黄ていののちなり 父をこそう(瞽叟)といふ いとけなくして母におくれ 父の配(妻のこと)をめとりて 象(しやう)といへる子をうむ 父はもとより 「かたくもの」にして のちぞへを愛し また次男・象を愛し 舜をば…

修身二十四孝

明日からは「修身二十四孝」という小さい本を読んでみます。 「小宮山五郎編輯 通俗 修身二十四孝 全 明治十六年 四月出版 文盛堂梓」