えん子は親のために命を捨てんとしけるほどの孝行なる人也 その故は父母老いて共に両眼をわづらひし程に 目の薬なりとて鹿の乳をのぞめり えん子元より孝なれば 親の望みに従ひ 鹿の皮を着て 数多むらがりたる鹿の中へ入りければ狩人まことの鹿ぞと思ひ 弓にて射らんとす 其時えん子是は実の鹿にはあらず 親の望みをかなへたく思ひ 偽りて鹿の形となれると 声を上げて云ひければ 猟人驚いて其の故をとふにありやうを語る されば孝行の志深きゆゑ 矢を逃れて帰りたり されば鹿の乳を得べきとて 得がたき事ながら 思ひ入ての孝行思いひやられて哀れなり