庾 黔婁。
国立国会図書館デジタルコレクションより
庾 黔婁
到縣未旬日 椿庭遘疾深
願将身代死 北望啓憂心
庾黔婁は。南亭(正しくは南斉?)の時の人也
孱陵といふところの官人になりて。すなはち孱陵県へ至りけるが。
いまた十日にもならざるに。たちまちにむなさわはぎしけるほどに。
父のやみたまふかとおもひ。官を捨てかへりければ。あんのごとく大にやめり。
黔婁。醫師によしあしをとひければ。いし。びやうしやの糞をなめてみるに。
あまくにがからばよかるべしとかたりければ。黔婁やすき事なりとてなめて
みければ。あぢはひよからざりけるほどに。しせんことをかなしみ。ほくとの
ほしにいのりをかけて。身がはりにたたんことをいのりたるとなり
ーーー
意味のよくわからない「あまくにがからばよかるべし」については書籍/二十四孝 中野市右衛門 19庾 黔婁をご参照ください。
祭壇をこしらえて祈る庾黔婁。
空には北斗七星。庾黔婁の祈りは聞き届けられ、父親は快復します。