唐夫人の配偶者について。これまで見てきた書籍ではどう説明されているか復習してみます。
1・唐夫人は唐の代、崔カン(さいかん・崔琯?)といへるものの妻なり。姑ちょう夫人 年老ひて歯一枚もなし。食物も食らうことあたはず。されば嫁の唐夫人これに仕へて至孝なれば・・・(略)(漢土二十四孝伝・24)
2・唐夫人は唐の博陵(はくれう)なる崔南(さいなん)といふ人の妻なり 姑の長孫夫人に仕へて 孝を尽くす(修身二十四孝・10)
3・唐の崔山南が曾祖母 長孫夫人 年たけて歯無し 祖母唐夫人毎日櫛洗(せつせん)して堂にのぼり その姑(こ)に乳(にゅう)す(初頴日記故事・10)漢文より
4・唐夫人は。唐の博陵なる崔南(さいなん)といふ人の妻にて。姑の長孫夫人につかへて孝を尽くせり。(絵本二十四孝/岡田玉山・10)
5・唐は代の名なり 夫は崔寛(琯)といふ 博陵の人なり 山南西道の節度使と云官になるゆへに崔山南といふ 曾祖母は長孫夫人とて老年になり歯一枚もなし しょくもつをくらふことならねは 娵の唐夫人しうとめにつかふる礼あつきゆへ(略)(廿四孝 渓斎英泉・15)
3の初頴日記故事のみ、唐夫人は崔山南の祖母、と言ってますね。その他の本は唐夫人と崔山南は夫婦になってます。
百度百科で「崔山南」を調べると、以下の説明がされました。
中国の二十四孝に関するサイトで唐夫人の記述を見ると
「唐代崔山南的曾祖母長孫夫人,年紀很大,牙齒脫落,不能吃米飯。他的祖母唐夫人十分孝順」
(翻訳サイトで和訳)
唐の時代、崔山南の曾祖母である長孫夫人は高齢で歯を失い、米を食べることができませんでした。 彼の祖母の唐さんは、とても親孝行な人でした。
別のサイトの文章の和訳です。
唐の時代に崔南山という人がいた。 彼の曾祖母である長孫夫人は高齢で歯をすべて失っていたため、歯で噛まなければならない食べ物は食べられず、毎日薄味のご飯を飲むだけであった。 曾祖母の嫁である唐夫人は、とても親孝行な嫁であった。 姑が毎日薄味しか飲めないのを見て、毎朝起きて体を洗い、お堂に行って自分の乳を姑に飲ませるということを、毎日、毎年、途切れることなく続けていました。 自分の命が尽きたことを知った彼女は、家族全員を自分のそばに呼び寄せ、「今日まで生きてこられたのは親孝行のおかげであり、恩返しできることは何もない」と言い放った。 これは、長孫夫人が生前に唯一望んだことであり、子供たちや孫たちにも心に留めておいてほしいと願っていた。
と出てくるのでやはり唐夫人は崔山南のおばあさんのようです。(崔山南をネットで調べるとなぜか名前が崔南山だったり崔山南だったりバラバラです)
挿絵に出てくる人物の関係をまとめると、
・唐夫人の乳を飲んでいるおばあさんが長孫夫人で、崔山南の曾祖母。
・乳を飲ませている若い母親の唐夫人は崔山南の祖母。長孫夫人は姑。
・玩具を持って遊んでいるのは崔山南の父親もしくはその兄弟。
ということになりそうですね。
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