郭巨は後漢の世、河内というところの人なり。家貧しくして老ひたる母と二才になる子あり。
老母、その孫を常に愛して我が食を分け孫に与へけるほどに大孝行の郭巨なればこのことを深く悲しみ妻に向かひて言ひけるよう、我貧しうして母の食みつるほど進むることあたわず。しかるにそのうちをまた分け与へ孫に食さしたまふを見ればさぞかし食乏しうおはしまさんと思へば見るにしのびがたし。
所詮夫婦の子はまたまうくることもあるべし。明日の日もはかり難き老母は再びあること難し。よって我が子を殺して母を快く養はんと言ひければ妻は親子の恩愛に夫の孝行道理なりとは思へども今更悲しき輪廻の絆、いとをしとは思へどもしゅうとには代へ難しと夫に劣らぬ孝行ゆえと(く)とこころえ思ひ切りて、さて夫と相談な( )に知らせず家の前を掘りて埋づめんと穴を掘ること一尺あまりにして鍬の刃にかつきと当たる音しければ何やらんと尚深く掘りうがちけるにたちまち金色の光土中より( )黄金の釜を掘りいだしぬ。
その釜に文字あり。天より孝子郭巨に賜ふ。官位も奪ふことえざれ人も奪ふことえざれとしるしたり。これによって我が子をも殺さず、母をもこころよく養ひたり。
それより郭巨が家富み栄へて持ち丸長者(=富豪)となりしとぞ。こは全く天、郭巨の至孝をあはれみたまひてかかる{き}とくのありしなる{ }尊きも卑しきもあへて感ぜざるものなかりとぞ。
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【あらすじ】
老いた母親にお腹いっぱい食べさせたいために我が子を家の前で生き埋めにしようとする郭巨。でも穴掘ってたら黄金の釜を発見したのでお金持ちになりめでたしめでたし。
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・捜神記(平凡社ライブラリー) No.283「子を捨てて母を養う」
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モチーフは
1.郭巨
2.従順な妻
3.幼い子
4.黄金の釜
5.穴を掘る道具
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