戦乱を逃れて、母とよその土地へ避難した江革。行きは背負って、帰りは車で母親を運んだんですね(本によっては行きも車利用)。
この絵は戦火が収まり、無事親子で故郷に帰ってきた場面ですね。奥に見えるのがきっと懐かしの我が家。(故郷から逃げる途中で賊に会うエピソードは「艱難」という言葉に集約されてます)
画像は「ARC古典籍ポータルデータベース」より
江革 行傭供母
後漢の江革字は次翁。斉国「りんし」の人なり。幼して父におくれ。母につかへて孝行の聞えあり。其比天下乱れければ。母を背に負ひ道すがら艱難経て。やうやうに栖を。もとめけり。つねに身は裸に。足は跣にて人に傭れ。其賃をとりて母をやしなひなぐさめけり。世をさまりて故郷へかへりけるに。車をかりてのせ参らせ牛馬にてはおどろき給はん事をおそれて。みづから身を轅の中へ入て引けるなど。すべて心を用る事此たぐひなり。よつて世に江巨孝と名付てこれを賞歎しけり。巨孝とは。大なる孝子といふ事也。かく其名世にあらはれたるを以て。朝廷へめされ。高官を拝し。行末めでたく終られけり
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お母さん、ほらお家が見えてきたよ~。もうすぐだよー。
富岡成田山不動堂の江革。顔が壊されて痛ましいことに。
本来は自宅を目前に、安堵の表情を浮かべていた親子だったことでしょう。