鹿の皮をかぶって山の中へ入った剡子。猟師に討たれそうになります。
国立国会図書館デジタルコレクションより
老親思鹿乳 身掛褐毛衣
若不高声語 山中帯箭皈
剡子(ぜんし)
剡子は親のために 命を捨てんとしける程の 孝行なる人なり
其故は 父母おいて ともに両眼を煩し程に 目の薬なりとて
鹿の乳をもとめたり
剡子 元より孝なる者なれは 親の望をかなへんと思ひ
すなはち鹿のかはをきて あまたむらかりたる鹿の中へ
まきれいり侍れは 狩人これを見て まことの鹿そと心得て
弓にてゐんとしけり
そのとき剡子 是はまことの鹿にはあらす
剡子といふものなるか 親の望をかなへたく思ひ
いつはりて鹿のかたちとなれると こゑをあげていひけれは
狩人おどろいて其故をとへは ありすがたを語る
されは孝行の志ふかき故に 矢をのかれて かへりたり
そもそも人として鹿の乳をもとむればとて いかてか得さすべき
なれども思ひ入たる孝行の思ひやられてあはれなり
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